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なるほど尿酸.com

Special Interview 原 晋さん(青山学院大学陸上競技部監督)

2026年1月公開(本コンテンツの内容は2025年12月時点の情報に基づく)

青山学院大学陸上競技部監督であり、日本陸上界の名指導者として知られる原監督。
いつも元気ハツラツなイメージの監督ですが、実は長年、痛風の痛みに悩まされているといいます。
多忙なスケジュールの中でどのように痛風と向き合っていらっしゃるのか、痛風対策や健康管理、
そして監督ならではの人生観についてお話をうかがいました。

選手を引退して
会社員3年目で痛風を発症。
「典型的な痛風マン」だった

痛風は、
“ぜいたく病”という
イメージでした

30歳で初めて痛風発作を発症されたそうですが、それ以前には痛風についてどのようなイメージを持っていましたか?

痛風は、美食家の富裕層の人がなる“ぜいたく病”というイメージを持っていました。あるいは、普通の人でも不摂生をしたり、暴飲暴食をするとなる病気と思っていました。後者は、まさに私に当てはまります。
私が中国電力の陸上競技部から引退したのは27歳。それからは営業マンとして仕事に打ち込みました。ただ、仕事帰りに仲間と毎晩のように飲んでいたら、現役時代に58kgだった体重が、3年もしないうちに94kgに増え、とうとう痛風になってしまった。だから自業自得なんですよ。典型的な痛風マンだったわけです。

初めて発作が起きたときは、どんな状況だったのですか?

あの日の衝撃は忘れられません! 朝、ベッドから足をおろした瞬間に飛び上がりました。「なんだ!?この痛みは!」と。あまりの痛さにすぐ整形外科に行きましたが、レントゲンでは足に異常はなく、血液検査と診察で「痛風」と診断されました。痛みを抑えるためにステロイド注射を打ってもらうと、1週間もしないうちにおさまったのでホッとしました。
痛風は“風が吹いても痛い”というのは本当だったと思いましたね。就寝中に布団がずれただけで、痛くてワーッとなるんですから。

当時、奥様はどのような反応でしたか?

妻も驚いたと思いますが、「あなたの生活態度ならそうなるでしょうね」と言われました(笑)。それでも、痛風予防を考えた料理を毎日作ってくれていたんですよ。にもかかわらず、私は仕事帰りに飲みに行く日々で、妻のサポートをほとんど無駄にしてしまいました。
ただ、自分でも痛風について勉強はしました。ですから、医師のアドバイスも納得できましたし、病院で渡された痛風のパンフレットも読んで、しっかり痛風対策しようと思ったんです。でもね、痛みがおさまるとサボってしまう。その繰り返しです。

「だましだまし」でやってきた、
28年にわたる痛風とのつきあい

初めて痛風を発症してから、どのくらいの頻度で発作があるのでしょうか?

1年に1回は、必ず発作が起こります。ただ、最初の痛みは1週間くらいだったのに、発作を重ねていくごとに、痛みの期間が長くなっているんです。今では、痛みが1か月間も続いて、その間、痛みが強くなったり、少しよくなったりを繰り返すんです。
特に、2024年の大学陸上部の夏合宿は最悪でした。足がパンパンに腫れて本当につらかった。そうしたら、私の痛風を知らない選手たちは「監督はつらい状態なのに自分たちを指導してくれているんだ」と、気合が入ったようで(苦笑)。結果、2025年の箱根駅伝は連覇できましたし、思わぬ効果が生まれたりしたのですが、やっぱり鎮痛薬で痛みを抑えるだけではよくないですよね。本当は痛風を完全に治すことが大切だと、私もわかっているんですよ。

発作を重ねていくごとに、
痛みの期間が長くなった

現在はどんな治療や対策を行っていますか?

3か月に1度、かかりつけの内科を受診して、尿酸降下薬と鎮痛剤、胃薬を処方してもらっています。通院のたびに検査をすることはないですが、年1回の健康診断では、尿酸値はだいたい7~8mg/dLです。ただ10mg/dLを超えたときは、さすがに焦りました。でも、尿酸降下薬を飲むと尿酸値は下がるので、それで安心してしまう。そして薬を飲まなくなったり、薬を飲んでいても暴飲暴食したりすると、また尿酸値が上がっていくわけです。
思うに、私の尿酸値はまだレッドゾーンではなく、グレーゾーンにあると思っています。他の健康診断の項目も同じようにグレーゾーンの数値が多いんです。ですから、体型が気になったら、体重を下げる努力をする。すると、全身の数値が改善するんです。それでまたいつもの生活習慣に戻ってしまう。そうやって、だましだましグレーゾーンをキープしているわけです。
普段の生活では、お酒はほぼ毎日飲んでいて、飲まない日は年に5~10日間くらい。だいたい生ビールから始めて日本酒かワインです。でも、発作が起きて痛みが強いときは、さすがにお酒を控えます。
陸上の指導者というと、選手と一緒に走っていると思われるかもしれませんが、選手の走りを見る立場なので、ほとんど立ったままの状態です。ただ、週1回はスタッフと5kmほどウォークミーティングしています。そのほかには、月2回ほどゴルフを楽しんでいます。そのときは、できるだけカートを使わず歩いています。好きなスポーツなら、楽しみながらしっかり歩けるんですよね。
つまり、痛風発作が起こりそうだなと思ったら、少し気をつけるくらいで、対策といえることは何もしていないのが現状です。

ご自身では、もっと対策をする必要性を感じていますか?

やっぱり痛いのはつらい。だから、週2日は休肝日をつくって、食事は腹八分目にして、ゆっくりお風呂につかって、心と体をリラックスさせる生活が理想ですよね。
一方で、60歳を前にして、好きなように生きたほうがいいと思っているのも確か。いろいろなことをがまんして生活しても、何らかの病気になってしまう可能性はありますよね。だから、マニュアルどおりの生き方はしなくていいと思っているんです。
ただ、私は、食べること、飲むことが好きなので、夕食はいつも2時間以上かけて、妻と語り合いながら過ごします。私にとって大切なストレス解消の時間です。その妻から「痛風が悪化してお酒が飲めなくなったら、二人とも面白くない人生になってしまうよ」と、苦言を呈されています。確かに、片方が飲めなくなったら面白くない。だから、健康でいるにはわがままを改めることも必要だと思っています。

面白い人生を
続けるために、わがままを
改めることも必要

長くいきいき暮らすために、
医師まかせにせず
一緒に治療を考えていくことも大切

ハッピー寿命を延ばすには、
痛風と向き合うべきだし、
早い方がいい

28年という長い年月を経た現在、原監督が考える痛風とうまくつきあっていくためのポイントを教えてください。

日本の男性の平均寿命は81歳1)でも、平均寿命より大切なのは健康寿命ですよね。食事やお酒を楽しめて、スポーツや旅行もできて、いきいきと楽しく暮らせるのが目指す姿で、私はこれを「ハッピー寿命」と呼んでいます。痛風を軽んじて放置しておくと、いろいろな病気を合併してしまうこともあるそうです。ましてや発作の痛みで何日も歩けないようでは、健康とはいえない。
ハッピー寿命を延ばすには、痛風と向き合うべきだし、それは早い方がいいと思います。

もう1つ、最近学んだことなのですが、痛風の治療法にもいろいろな種類があるそうです。だからこそ、医師まかせではなく、私たち患者自身が正しい知識を持ち、医師と相談しながら自分に合った治療法を考えていくことが大切ですよね。私も痛風としっかり向き合っていきたいと思います。
これが、痛風歴28年の先輩として、自戒の念を込めつつ、皆さんにお伝えしたいことです。

もう1つ、最近学んだことなのですが、痛風の治療法にもいろいろな種類があるそうです。だからこそ、医師まかせではなく、私たち患者自身が正しい知識を持ち、医師と相談しながら自分に合った治療法を考えていくことが大切ですよね。私も痛風としっかり向き合っていきたいと思います。
これが、痛風歴28年の先輩として、自戒の念を込めつつ、皆さんにお伝えしたいことです。

最後に同じ痛風患者さんへのアドバイスをお願いします。

ハッピー寿命を延ばすためには、健康についてきちんと考え、日々自分を律すること、それに尽きます。皆さん、私と一緒にがんばりましょう!

1)厚生労働省 令和6年簡易生命表
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life24/dl/life24-02.pdf 2025年11月閲覧

原 晋(はら すすむ)

1967年3月広島県三原市生まれ。世羅高では主将として全国高校駅伝準優勝。中京大学では全日本インカレ5000mで3位入賞。中国電力陸上競技部に一期生で入部、引退後は同社の「伝説の営業マン」と呼ばれるほどの営業成績を残した。2004年青山学院大学陸上競技部監督に就任。箱根駅伝4連覇を含め8度の総合優勝に導く。2019年より同大学地球社会共生学部教授に就任し教壇にも立つ。最近の著書には『人が替わっても必ず結果をだす 決定版!青学流「絶対王者の鉄則」』がある。